第4回「セキュリティ・著作権・誤用リスクとどう向き合うか」
第4回「セキュリティ・著作権・誤用リスクとどう向き合うか」
このこのシリーズでは、「生成AIって何?」という基本的な疑問から、実際のビジネス活用まで段階的に理解できるよう解説していきます。
- 第1回:生成AIとは?ChatGPTって何ができるの?
- 第2回:ChatGPTの使い方と”プロンプト”のコツ
- 第3回:生成AIは何に使える?5つの活用シーンと具体例
- 第4回:セキュリティ・著作権・誤用リスクとどう向き合うか(本記事)
- 第5回:中小企業でもできる生成AIの導入ステップ
本記事では、第4回として「セキュリティ・著作権・誤用リスクとどう向き合うか」について詳しく解説します。
目次
はじめに
「セキュリティや著作権のリスクが不安で、AIを使ってよいのか迷っている…」そんな声をよく聞きます。
実際には、”何でも自由に使えるわけではない”けれど、”怖がりすぎて何もできない”必要もありません。適切なポイントを押さえれば、多くの企業が安全にAIを活用できています。
この記事では、「導入に慎重な経営者・管理職」向けに、現実的なリスクと、過剰にならない安全な使い方のポイントを解説します。「AIだから怖い」のではなく、「正しく使えば、むしろ安心して使える道具」として活用していただければと思います。
1. 情報漏洩・セキュリティリスクの現実と対策
①入力情報の取り扱いについて
重要:ChatGPTに入力した情報がどう扱われるかを正しく理解する
OpenAIのデータ取り扱い方針(2025年6月時点の参考情報)
- 無料プラン:2025年6月時点では、入力内容がOpenAIのモデル改善に利用される可能性があります
- 有料プラン(Plus/Team/Enterprise):入力データはモデル訓練に使用されないと明示されています
- API利用:デフォルトでデータが一時的に保存されることがありますが、ゼロ保持設定も可能です
重要:OpenAIのポリシーは将来的に変更される可能性があるため、重要な情報を扱う場合は、最新の情報を公式ポリシーで必ずご確認ください。
実践的な対策
実務上は、次のような情報の入力は避けることが推奨されます
- 顧客の個人情報(氏名、住所、電話番号、メールアドレス)
- 社内の機密情報(売上数値、戦略資料、契約条件)
- パスワード、アクセスキー等の認証情報
- 未発表の商品・サービス情報
万が一のリスクや誤操作に備え、次の情報は原則として入力しない方が安全です。
⭕ 安全な活用方法
- 個人情報は「A社」「担当者様」等に置き換える
- 具体的な数値は「約○万円」「前年比○%増」等に丸める
- 社名・商品名は「弊社」「新商品」等の一般名詞に変換
- テンプレート作成目的での利用に限定
具体例:安全なプロンプト作成
❌危険な例:
「田中様(ABC株式会社、売上3億円、従業員50名)への
提案書を作成してください。弊社のクラウドシステム(月額30万円)を...」
⭕安全な例:
「製造業のお客様(中規模企業)への業務システム提案書の
構成を作成してください。導入効果とコスト面を重視した内容で...」
②機密情報を含むデータの注意点
段階的なセキュリティレベルの設定
レベル1:公開情報のみ
- 一般的な業務相談、メール文例作成
- 公開されている市場情報の分析
- 汎用的なマニュアル作成
レベル2:社内限定情報(匿名化必須)
- 社内向け資料の構成作成
- 匿名化した顧客データの分析
- 業界動向の整理・要約
レベル3:機密情報(AI利用禁止)
- 顧客の個人情報を含む案件
- 契約交渉に関する内容
- 未発表の事業戦略・財務情報
③社内での情報共有ルール
AI活用時の報告・承認フロー
- 事前確認:機密レベルの判定
- 上司承認:レベル2以上の場合は上司の事前承認
- 記録保持:何をAIに相談したかの記録
- 結果検証:AIの回答内容の妥当性確認
2. 著作権・知的財産権の問題と注意点
①生成されたコンテンツの著作権
現在の法的な整理(2025年時点の参考情報)
AI生成物の著作権について
- 原則:生成AIによる出力には原則として著作権が発生しないとされています
- 例外:人間が創作的に編集・構成した部分には著作権が認められる可能性もあります
- 実務対応:重要な文書に関しては、法務部門や知財専門家の確認を推奨します
重要:法的解釈は将来的に変化する可能性があります。本記事では一般的な考え方をご紹介していますが、商用利用や法的リスクが懸念される場合は、必ず専門家への相談をおすすめします。
実践的な対応方法
✅ 安全な利用方法
- AIの出力を「たたき台」として使用
- 必ず人間が内容を確認・編集してから利用
- 重要な文書は法務担当者または外部専門家に相談
- 公開前に類似コンテンツの存在確認
⚠️ 注意が必要な用途
- そのまま商用利用する予定のコンテンツ
- 他社との差別化が重要な企画・提案内容
- ブランディングに直結するキャッチコピー等
②他社の著作物を参考にした場合のリスク
「学習データに含まれる著作物」への配慮
リスク
- AIが学習した著作物に類似したコンテンツを生成する可能性
- 意図せず他社の表現やアイデアを模倣してしまうリスク
対策
- 独自性の確保:AIの出力を参考に、自社独自の表現に変更
- 複数案の比較:複数のプロンプトで異なる出力を得て比較検討
- 事前調査:重要なコンテンツは既存の類似表現を事前調査
- 専門家相談:法的リスクが懸念される場合は知財専門家に相談
③商標・特許等への配慮
知的財産権侵害の回避
商標関連
- 他社の商標を無断で使用しない
- 新商品名・サービス名は商標調査を実施
- AIが提案した名称も商標検索で確認
特許関連
- 技術的なアイデアや手法の特許調査
- AIの提案内容が既存特許に抵触しないか確認
- 重要な技術的判断は特許専門家に相談
3. 誤用・過信によるビジネスリスクと回避方法
①情報の正確性に関する注意点
AIが間違いを犯す典型例
最新モデル(GPT-4o)では、回答の正確性や構造性は大きく向上していますが、完全に正しいとは限りません。
数値・統計データ
- 古い情報や不正確な数値を提示することがある
- 計算結果に誤りが生じる場合がある
- 最新の市場データは反映されていない可能性
固有名詞・専門用語
- 企業名、人名、地名等の誤記
- 技術用語や法的用語の不正確な説明
- 業界特有の慣習や規制の理解不足
実践的な検証方法
- 複数ソース確認:重要な情報は必ず複数の情報源で確認
- 社内専門家チェック:専門的な内容は該当部署の担当者が確認
- 定期的な更新:情報の鮮度を定期的にチェック
特に数値や固有名詞を含む情報は、必ず人間が確認してください。
②重要な判断における過信リスク
AIに任せてはいけない判断
経営判断
- 投資・人事・戦略等の重要な意思決定
- 法的な解釈や契約条件の判断
- 顧客との重要な交渉における判断
個別対応が必要な業務
- 顧客からのクレーム対応
- 緊急時の対応判断
- 個人情報を含む案件の処理
安全な活用範囲
- 情報収集:判断材料の整理・要約
- 選択肢の提示:複数の選択肢とその比較
- 下書き作成:最終的な判断は人間が行う
③責任の所在を明確にする
AI活用における責任分担
会社の責任
- AI利用に関するガイドライン策定
- 従業員への適切な教育・研修
- セキュリティ対策の実施
利用者の責任
- ガイドラインの遵守
- 出力内容の妥当性確認
- 機密情報の適切な取り扱い
管理者の責任
- 部下のAI利用状況の把握
- 問題発生時の迅速な対応
- 継続的な改善活動
4. 実践的な社内ルール作成ガイド
①導入前に決めておくべき基本方針
まずは最小限のルールから始めましょう
小規模な組織では、まず以下の3点から始めるだけでも効果的です:
- 機密情報の入力禁止:個人情報や契約情報は入力しない
- 出力内容の人間による確認:AIの回答をそのまま使用しない
- 利用者の明確化:誰が使うかを把握し、必要に応じて相談できる体制
段階的に拡張する基本方針
利用目的の明確化
- どの業務でAIを活用するか
- 期待する効果と成果指標
- 利用を禁止する業務の明確化
セキュリティレベルの設定
- 機密レベル別の利用制限
- 承認フローの設定(必要に応じて)
- 監査・記録の方法(段階的に導入)
②部署別・用途別のガイドライン例
営業部門
【利用可能】
- 提案書の構成作成
- 顧客向けメールの下書き
- 市場調査情報の整理
【要承認】
- 個別顧客情報を含む分析
- 競合他社の詳細情報利用
【利用禁止】
- 顧客の個人情報入力
- 契約条件の判断
総務・管理部門
【利用可能】
- 社内規程の下書き作成
- 研修資料の構成検討
- 一般的な労務相談
【要承認】
- 人事評価に関する相談
- 法的判断が必要な案件
【利用禁止】
- 個人の人事情報
- 給与・賞与等の機密情報
③チェックリストの活用
AI利用前チェックリスト
□ 入力する情報に機密情報は含まれていないか?
□ 個人情報は適切に匿名化されているか?
□ 利用目的は社内ガイドラインに準拠しているか?
□ 必要に応じて上司の承認を得ているか?
□ 出力結果の検証方法は決まっているか?
AI利用後チェックリスト
□ 出力内容の事実確認は完了したか?
□ 著作権・知的財産権の問題はないか?
□ 最終的な責任者は明確になっているか?
□ 必要に応じて記録・報告を行ったか?
□ 改善点や学んだことを共有したか?
まとめ
生成AIは強力なツールですが、「便利だから何でも使う」のではなく、「適切なルールの下で安全に活用する」ことが重要です。完璧なルールを最初から作る必要はありません。
リスク管理の本質は、「すべてを禁止する」ことではなく、「判断軸を持って、使いこなせる環境を整えること」です。
リスク管理のポイント
- 情報セキュリティ:機密レベルに応じた利用制限(段階的に構築)
- 著作権対策:AIの出力を「たたき台」として人間が編集・検証
- 過信回避:重要な判断は必ず人間が行い、AIは情報収集に活用
- 社内ルール:最小限から始めて、継続的に改善
成功する組織の特徴
- 段階的導入:小さく始めて徐々に拡大
- 継続的改善:実際の運用を通じてルールを最適化
- 全社的取り組み:経営層から現場まで一体となった推進
- 専門家活用:必要に応じて法務・知財の専門家との連携
注目すべき今後の展開 GPT-4oでは音声・画像・PDF読み取りなどマルチモーダル機能も利用可能になっており、活用の幅は今後さらに広がることが予想されます。
適切なリスク管理ができれば、生成AIは間違いなく企業の競争力向上に貢献します。「慎重すぎて何も始めない」よりも、「必要最低限のルールで、無理なく始める」ことが、持続的な成長につながります。
次回は最終回として「中小企業でもできる生成AIの導入ステップ」について詳しく解説します。